高知地方裁判所 昭和40年(ワ)536号 判決 1968年4月15日
原告
黒瀬時子
ほか一名
被告
関西鉱業株式会社
主文
一、被告は、原告黒瀬時子に対し、一一万五、五五八円、原告黒瀬博史に対し、二一七万一、一一六円、および右各金額に対する昭和四〇年八月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、原告両名のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告両名の負担、その余を被告の負担とする。
四、この判決は、一項に限り、原告黒瀬時子において一万円、原告黒瀬博史において二〇万円の各担保を供するときは、その原告において仮に執行することができる。
事実
一、当事者の申立
原告は、
(1) 被告は、原告黒瀬時子に対し、五六万円、原告黒瀬博史に対し、三〇六万円、および右各金額に対する昭和四〇年八月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および一項につき仮執行の宣言を求めた。
被告は、請求棄却の判決を求めた。
二、原告らの主張
(一) 請求原因
(1) 訴外亡黒瀬純行は、高知南警察署刑事課に勤務する警察官であつた。
原告黒瀬時子は、右訴外人の妻、原告黒瀬博史は右訴外人の子(長男)である。
(2) 右黒瀬純行は、昭和四〇年八月二一日午前一〇時三〇分ごろ、刑事捜査事務で高知南警察署に帰るため、警察用バイクモーターに乗り、高知市棧橋通り二丁目一二六番地先交差点付近を走行中、ちようど向方向を、左側に寄つて猛スピードで追越して来た訴外中平充公運転の大型貨物自動車(高一は二、七七七号)に引つかけられ、さらに向車が急激に左折したため、これに引きずられながら転倒し、頭蓋骨骨折により即死した。
(3) 右自動車は、被告会社の所有にかかり、かつ、本件事故は、右自動車が被告会社のため運行の用に供されていた際に生じたものであるから、被告は、自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する)三条の規定により、右死亡による損害を賠償すべきである。
(4) 損害
(イ) 逸失利益
右黒瀬純行は、大正一二年六月六日生れ(事故当時四二歳)の健康な男子で、事故当時の本俸は月額四万一、六〇〇円であつた。これに対する諸手当(刑事手当、超勤手当、家族手当、期末手当)と公租公課を考えても、その手取額は、月額平均四万円を下がらなかつたことは明らかである。
同人は、少くとも満五五歳となるその後一三年間(一五六月)は、警察職員として奉職でき、一方、同人の生活費は、その身分、家族構成および高知市の物価の事情等からして、一か月一万円とみるべきである。
右の差額三万円に法定利率による単利年金現価表一一九・九八九三一九〇九を乗ずると、三五九万九、六七九円となり、同人は、同額の得べかりし利益を喪失したというべきである。
さらに同訴外人の余命は、平均余命表によると、二七・七六年で満六九歳以上生存することが予想されるから、警察退職後も余命の範囲内である満六五歳までの一〇年(一二〇月)間は、なお他の職業に就き、少くとも毎月三万円以上の収入を挙げることが予想される。その間の生活費を同じく一万円とし、前例により中間利息を控除すると、一二六万九、一一六円となり、同人は、警察を退職後の同額の得べかりし利益を喪失したというべきである。
そうすると、同訴外人の逸失利益の合計額は四八六万八、七九五円であり、これを四八六万円として計算し、これを、原告黒瀬時子は三分の一、同黒瀬博史は三分の二の割合で相続したので、原告時子の相続金額は一六二万円、同博史の相続金額は三二四万円となる。
(ロ) 慰謝料
原告両名は、右純行を中心に親子三人の幸福な家庭生活を営んでいたところ、本件事故により家庭の中心を失い、極度の精神的打撃を受けた。
本件事故が専ら訴外中平充公の無謀操縦に基因すること、被告会社が相当の資産を有し、多数のトラックを使用して収益をあげていること等を勘案すると、原告時子については一〇〇万円、同博史については五〇万円の各慰謝料が相当である。
(ハ) なお、原告時子については自動車損害賠償保険金三四万円、遺族補償金一七二万円、合計二〇六万円、原告博史については同保険金六八万円が給付されることになつている。
(5) よつて、原告時子については五六万円、同博史については三〇六万円、およびこれらに対する不法行為の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 抗弁に対する答弁
(1) 損益相殺について
遺族年金は損害填補を目的とするものではなく、生命保険と類似の性質を持つものであるから、損益相殺の対象とならない。
(2) 過失相殺について
主張事実を否認する。
本件事故は、訴外中平が先行している訴外松本史郎のじぐざぐ運転に立腹し、同人を追い越し捕えようとしていたところ、突然松本が左折して逃げようとしたので、右中平も急激に左折し、その横にいた黒瀬純行をはねたために起こつたものである。
三、被告会社の主張
(一) 請求原因に対する答弁
請求原因(1)の事実は認める。
同(2)の事実中、原告ら主張の日時、場所において、訴外黒瀬純行の運転するバイクモーターが訴外中平充公の運転にかかる貨物自動車と衝突し、右純行が転倒し死亡したことを認め、その他の事実は争う。
同(3)の事実中、本件自動車が被告会社の所有にかかり、かつ、本件事故が被告会社の運行の用に供されていた際に生じたものであることは認める。
同(4)、(イ)の事実中、右純行の月平均手取り額が四万円であつたことは認めるが、その他の事実は争う。同人の生活費は、少なくとも二万円を下らなかつた。
同(ロ)の事実中、原告らが精神的打撃を受けたこと、被告会社がトラックを使用していることを認め、その他の事実は争う。
(二) 抗弁
(1) 損益相殺
原告時子は、夫純行の死亡により年一九万六、四一九円の遺族年金の支給を受けることとなつたので、これを控除すべきである。
(2) 過失相殺
亡純行は、訴外中平充公の運転するトラックの左側を併進し、同トラックを追い越そうとした際、トラックの左側前輪に激突し、死亡したものである。
先行車を追い越そうとするときは、特別の場合を除き、先行車の右側を進行しなければならないのに、右中平の左側から追い越そうとしたのは、右純行に重大な過失がある。
また、右中平が左折したときは、同人の運転にかかるトラックと道路左端との間には、十分な間隔があつて、同トラックと併進、左折することによつて、本件事故を防止できたにかかわらずこれをなさなかつたのは過失である。
四、証拠関係 〔略〕
理由
一、訴外亡黒瀬純行が高知南警察署刑事課に勤務する警察官であつたこと。原告黒瀬時子が右純行の妻、同黒瀬博史が右純行の子であることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、事故の発生
〔証拠略〕を綜合すると、次の事実が認められる。
右黒瀬純行は、昭和四〇年八月二一日午前一〇時五〇分ごろ、刑事捜査事務のため、高知簡易裁判所から勤務先の高知南警察署に帰るべく、警察用第二種原動機付自転車(高知市二万六、〇二八号)を運転し、県道高知港線を、歩道より約一メートルの間隔をもつて北から南に向け走行し、高知市棧橋通り二丁目一二六番地先交差点付近に差しかかつたところ、その右側やや前方より時速約三〇キロメートルで急左折して来た訴外中平充公の運転にかかる大型貨物自動車(高一は二、七七七号)の車体左側中央付近を、自車の前部に接触され、右自動車に引きずられながら転倒し、頭蓋骨骨折により死亡した。
以上のとおり認められ、この認定に反する乙三号証(成立に争いがない)の記載は前掲各証拠に対比して信用できず、その他右認定に反する証拠はない。
三、被害者の過失の有無について
(一) 被告は、被害者黒瀬純行が右中平充公運転の大型貨物自動車の左側から不法に追い越そうとしていたものであると主張する。
なるほど、〔証拠略〕によれば、右中平充公が前記交差点手前で左折の合図(白昼は容易に識別しがたい電光(ウインカー)による)をしたうえ、時速約三〇キロメートルで、急左折しようとした際、右黒瀬純行がその左側やや後方を併進していたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。
そして乙二、三号証には、右純行が右中平充公運転の自動車の左側より追い越しにかかつていた趣旨の供述記載があるが、右記載は前掲甲一号証の一、同三号証に照らし採用しがたい。
その他被告の立証および本件全証拠を検討しても、右純行が中平充公運行の自動車の左側より追い越しにかかつていたとの被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(二) 被告は、更に、亡純行は中平充公の運転にかかる自動車に併進し、かつ、左折する余裕があつたのにこれをしなかつたと主張する。
しかし、中平純行が左折しようとした際、亡純行が中平充公運転の自動車の左側やや後方を併進していたことは前記認定のとおりであり、〔証拠略〕によれば、右中平充公は、訴外松本史郎が第二種原動機付自転車を運転し、自車の前方を蛇行運転(じぐざく運転)しているのに立腹し、これをとがめようとしたところ、右史郎が前記交差点を左折したので、これを追跡すべく、左側方ないし左後方の右純行の原動機付自転車に何ら注意を払わず、時速約三〇キロメートルで、自車の積荷(石灰石)が荷台の傾斜により路面に落下する程の急曲線を描いて、急に左折運行したため、亡純行は右中平充公の自動車を避譲する余裕がなく、ついに本件事故が発生するに至つたものであることが認められる。
被告の立証その他本件全証拠を検討しても、右認定を覆えし、被告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) そうしてみると、被告の過失相殺の主張は理由がないといわなければならない。
四、右加害自動車が被告の所有にかかり、かつ、本件事故が右中平充公において被告会社のため運行していた際に生じたものであることは、当事者間に争いがない。
そうすると、被告会社は自賠法三条により、右純行の死亡による損害を賠償すべき義務がある。
五、損害等について
(一) 逸失利益
(1) 〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。
亡黒瀬純行は、大正一二年六月六日生れで、本件事故当時満四二歳であつたこと、右純行は、当時、一か月手取り金額として四万円を超える収入を得ており、生活費として毎月一万円を越えない支出をし、結局差引き毎月三万円を下らない収入を得ていたこと、当時警察官の定年は満五五歳で、右純行は同定年に達するまで、少なくとも一二年八か月(一五二か月)間勤務し、その間少なくとも毎月右三万円を下らない収入を得たものというべきである。
以上のとおり認められ、この認定に反する乙八号証の記載は前掲各証拠に照らし採用しがたいし、その他右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(2) いま、右一五二か月分の収入につき、月一二分の五%の法定利率のホフマン式による中間利息を控除すると、その現価表は一一七・五五五八三九四六となり、これに前記三万円を乗ずれば、三五二万六、六七五円となることは計数上明らかであり、亡純行は、本件事故により同額の得べかりし利益を喪失したというべきである。
(3) 原告らは、右純行は警察官退職後なお満六五歳に達するまでの一〇年間は他の職業に就き少なくとも毎月二万円を下らない純収入を得たものであると主張するが、原告らの立証その他本件全証拠を検討しても、右純行において警察官の停年後、なお他の仕事により毎月二万円を下らない純収入を得たであろうことを認めると足りる的確な証拠はないから、原告らの右主張は採用することができない。
(4) 原告時子本人尋問の結果によれば、前記三五二万六、六七五円の逸失利益につき、原告時子は、亡純行の妻としてその相続分三分の一の一一七万五、五五八円、原告博史は、亡純行の子としてその相続分三分の二の二三五万一、一一六円をそれぞれ承継したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(二) 慰謝料
(1) 原告両名が右純行の死亡により、多大の精神的苦痛を受けたことは見やすい道理であるから、被告会社は、原告両名の右精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。
(2) 原告時子本人尋問の結果によれば、原告時子は、本件事故当時満四四歳で、昭和三一年から高知市役所に勤めていること、原告博史は、当時満一四歳で中学二年生であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(3) 他方、証人今井淳之介の証言によれば、被告会社は、本件事故当時、一億二、〇〇〇万円の株式会社で、従業員約八〇名を搾し、トラツク一五台で鉱石の運搬等を営業としていたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
(4) 以上認定の原告両名の年齢、経歴、境遇、被告会社の規模および前記一、二に認定の亡黒瀬純行の年齢、経歴ならびに本件事故の内容その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告時子の被告会社に対する慰謝料一〇〇万円の請求および原告博史の被告会社に対する慰謝料五〇万円の請求は、いずれも理由があるというべきである。
(三) そうしてみると、亡純行の死亡による原告時子の損害金は合計二一七万五、五五八円、原告博史の損害金は合計二八五万一、一一六円となる理である。
原告時子については、右損害金二一七万五、五五八円から、原告ら主張の同原告の自動車損害賠償保険金三四万円、遺族補償金一七二万円、合計二〇六万円を控除すると、原告時子の損害金は差引き一一万五、五五八円となり、原告博史の損害金二八五万一、一一六円から、原告ら主張の同原告の自動車損害賠償保険金六八万円を控除すると原告博史の損害金は差引き二一七万一、一一六円となり、原告両名はそれぞれ同額の損害を被つたというべきである。
(四) 被告は、損益相殺として、原告時子の損害金については、同原告に支給される年一九万六、四一九円の遺族年金を控除すべきであると主張する。
しかし右遺族年金は、生命保険金と同じく、その性質上、損害の填補を本来の目的とするものではないから、損害賠償請求金から控除されるべきものではないというべきである。
六、そうしてみると、被告会社は、原告時子に対し、損害金一一一万五、五五八円、原告博史に対し、損害金二一七万一、一一六円、およびこれらに対する不法行為の翌日である昭和四〇年八月二二日から完済に至るまで民事法定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであるが、原告両名のその他の請求は理由がないというべきである。
七、よつて、原告両名の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その他を失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条、九三条を、担保を条件とする仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小湊亥之助)